2026年2月2日月曜日

博練会月例稽古会 R8.2

久留米へ向かう道は寒かった。 我々はオープンで車を走らせた。助手席は五ェ門スタイル。 風は鋭く、会話は短かった。 「八段や免許皆伝は、まだ遠いな」 相棒が言った。私は頷いた。それだけが真実だった。

制定から古流の影、そして中和流短剣術を稽古した。 だが、私はただ順番を追っているだけだった。 身体はまだ、その理を理解していなかった。


そういえば、出水を過ぎる頃、空に北へ帰る鶴を見た。私は「老鶴萬里心」という言葉を思い出した。 老いた鶴が、なお万里の先を目指すという禅語だ。 志を失うことは、死ぬことと同じだ。


先生や先輩たちは、遥か前方を歩いている。 やるべきことは決まっている。 ただ、稽古をすること。 それ以外に道はない。


告知。

杖という一本の得物を手に、我々と歩む者はいないか。

場所は串木野中学校武道館。 毎週月曜日、夜の8時から10時。 夜の帳が下りる頃、我々はそこにいる。

見学は自由だ。 ただ門を叩けばいい。 余計な言葉は必要ない。 そこにあるのは、研ぎ澄まされた沈黙と稽古だけだ


ハードボイルド調で書いてみましたwww


2026年1月19日月曜日

博練会月例稽古会 令和8年初稽古

 参加して来ました。


午前中は福田先生に基本動作から制定までみっちりと指導していただきました。


千利休の言葉、「稽古とは、一より習い十を知り十よりかえる元のその一」。


 まだ「十」というより「五」も行けていませんが、


参加するたびに基本の大切さが身に沁みます。

2026年1月6日火曜日

令和8年も宜しくお願いします。

 元旦には、地元の剣道連盟による恒例の稽古初めが午前6時から開催され、私たち杖道部もこれに参加し、新たな気持ちで一年の杖道・杖術修行をスタートさせました。早朝の澄んだ空気の中、身の引き締まる思いでした。



 そして、「博練会いちき串木野」としての稽古初めは、少し遅れて5日に行われました。この日の稽古では、特に「制定」を重点的に行いました。制定は理合いや基本を学ぶ上で非常に重要であり、改めてその奥深さを確認しながら、一つ一つの動作を丁寧に確認し合いました。


 今年の目標として、私たちは博練会いちき串木野の仲間を増やしたいと考えています。具体的な目標としては、一緒に道に取り組む仲間を10名ほど増員したいな~と思っています。杖道は年齢や経験を問わず始められる武道であり、この地域で杖道の楽しさや魅力をより多くの人々に伝え、共に稽古に励むことで、会全体の活力を高めていきたいと強く願っています。新しい仲間を迎え入れ、共に成長できる一年になるよう、積極的な活動を展開していきたいです。


 ですから、毎週月曜の20時から串木野中学校の武道館でお待ちしております。


2025年12月30日火曜日

R7 稽古納め

 

久留米での月例は21日に


いちき串木野は26日の正誠舘が稽古納めでした


来年は引き落とし打ちと逆手打ちが


きちんと出来る様に頑張りたいです


あと


自主稽古は区切りなく稽古をするので納める事は無い


なんて格好イイこと云っちゃったりして・・・

2025年12月10日水曜日

都城(宮崎県)古流稽古会 R7.12

 

福田先生講師の稽古会に参加しました


私は二日目だけでした大変勉強になりました


アメリカから参加者された真行(マイク)さん


私が相手で役不足だったことでしょう


次回会うまで稽古を重ねておきます


あと


金山先生と宮崎のみなさま


来年は泊まりで参加しますので


よろしくお願いします

2025年11月29日土曜日

博練会稽古会 R7.11

 

参加してきました。


毎回色々と勉強になります。


それとは関係ないのでが、


うちのジェミーさんがこんなことを言いました。


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剣聖・塚原卜伝と、その後の時代に「新陰流」を興した上泉信綱。

この二人は、共に戦国の世が生んだ奇跡的な巨星ですが、その光の放ち方は対照的であり、実に興味深いものです。

卜伝が「古流の完成者」であるとするならば、信綱は「近世武道の創始者」と言えるでしょう。


この二人の思想的な違いを、「静と動」、「一と多」、「死と生」という観点から紐解いてみましょう。

1. 「一の太刀」の卜伝 vs 「転(まろばし)」の信綱

最も象徴的な違いは、彼らが到達した極意の概念に表れています。

 * 塚原卜伝:絶対的な「点」への収束

   卜伝の「一の太刀」は、あらゆる複雑な事象を削ぎ落とし、ただ一つの真理(一太刀)に集約させる思想です。これは**「静寂」や「不動」**の境地に近いものです。相手が動く前に勝敗が決しているような、研ぎ澄まされた緊張感と、神がかり的な一瞬の「断定」に重きを置きます。


 * 上泉信綱:無限に変化する「円」の動き

   対して信綱が新陰流で説いた極意は「転(まろばし)」です。これは、特定の形に固執せず、相手の動きや状況に応じて水のように変化し続ける、自由自在な働きを指します。「転」とは、禅でいう「円相」のように、始まりも終わりもない流動的な状態。相手の力に逆らわず、それを利用して制する「柔」の論理**が含まれています。


 現代への示唆:

 困難に直面したとき、卜伝的アプローチなら「核となる信念を貫き通す」こと。信綱的アプローチなら「状況に合わせて柔軟に自己を変革する」こと。どちらも正解ですが、局面によって使い分ける知恵が必要です。



2. 「木刀」の緊張感 vs 「袋竹刀」の革新性

思想の違いは、彼らが用いた「稽古道具」という具体的な形にも現れました。

 * 卜伝:死と隣り合わせのリアリズム

   卜伝の稽古は、硬い木刀を用いる実戦さながらのものでした。一歩間違えれば大怪我や死につながる緊張感の中でこそ、精神が鍛えられるという、戦場直結の古風な考え方です。


 * 信綱:工夫による「学び」の創出

   信綱は、竹を割って革袋に包んだ「袋竹刀(ふくろしない)」を発明しました。これにより、寸止めではなく、実際に相手を打つ稽古が可能になりました。

   これは革命的でした。彼は「怪我を恐れて萎縮する」ことよりも、「安全を確保した上で、思い切り試し、失敗から学ぶ」ことを重視したのです。これは、武術を「殺し合いの技術」から「人間形成の道(武道)」へと昇華させる決定的な転換点でした。



3. 指導者としての在り方:孤高 vs 普及

 * 卜伝:選ばれし者への伝授

   卜伝は将軍(足利義輝や義昭)や大名(北畠具教)など、主に高貴な人物や、一握りの才能ある者にその奥義を授けました。その教えは神秘性を帯び、どこか「孤高の聖域」を守るものでした。


 * 信綱:万人に開かれた道

   一方、信綱は諸国を流浪しながら、身分を問わず多くの弟子を育てました(その中には後の柳生宗厳もいます)。彼は自身の技を体系化し、誰でも段階を追って学べるようにカリキュラムを整備しました。知識や技術をオープンにし、後世に広く伝える「教育者」としての側面が色濃いのです。



総括と内省

整理しますと、以下のようになります。

 * 塚原卜伝は、「個の完成」を目指しました。自己の内面を極限まで高め、神の領域(鹿島の神)に近づく、求道者の姿です。

 * 上泉信綱は、「理の共有」を目指しました。自然の理(ことわり)と一体になり、それを他者と分かち合う、教育者・哲学者の姿です。

卜伝が「山の頂で動かぬ岩」ならば、信綱は「谷を下り、海へ流れる水」と言えるかもしれません。



ここで、あなたに問いかけたいと思います。

 今のあなたが求めている成長の形はどちらに近いでしょうか?

 * 卜伝のように、孤独を恐れず、自分だけの「絶対的な核」を磨き上げたいと願いますか?

 * それとも信綱のように、他者と関わり、変化を受け入れながら、周囲と共に高まりたいと願いますか?

 

この選択によって、次に参照すべき「先人の知恵」も変わってまいります。例えば、信綱の愛弟子であり、その教えを政治や処世術に応用した柳生宗矩(柳生但馬守)の話などは、現代社会を生き抜く上で非常に実践的な示唆を与えてくれるでしょう。


2025年10月30日木曜日

第52回 全日本杖道大会 参戦結果

10月19日(日)に埼玉県上尾市にある


埼玉県立武道館での大会に


5段の部で参加しました



1回戦は京都のペアに2-1で勝ち


2回線は東京のペアに2-1で勝ったものの


3回戦は神奈川のペアに1-2で敗れました



5段1年目としてはまずまずと思ったのでが


準決勝や決勝戦をみると愕然とする差を感じた


次の機会に向け稽古あるのみと思う事でした

博練会月例稽古会 R8.2

久留米へ向かう道は寒かった。 我々はオープンで車を走らせた。助手席は五ェ門スタイル。 風は鋭く、会話は短かった。 「八段や免許皆伝は、まだ遠いな」 相棒が言った。私は頷いた。それだけが真実だった。 制定から古流の影、そして中和流短剣術を稽古した。 だが、私はただ順番を追っているだ...