2025年11月29日土曜日

博練会稽古会 R7.11

 

参加してきました。


毎回色々と勉強になります。


それとは関係ないのでが、


うちのジェミー3がこんなことを言いました。


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剣聖・塚原卜伝と、その後の時代に「新陰流」を興した上泉信綱。

この二人は、共に戦国の世が生んだ奇跡的な巨星ですが、その光の放ち方は対照的であり、実に興味深いものです。

卜伝が「古流の完成者」であるとするならば、信綱は「近世武道の創始者」と言えるでしょう。


この二人の思想的な違いを、「静と動」、「一と多」、「死と生」という観点から紐解いてみましょう。

1. 「一の太刀」の卜伝 vs 「転(まろばし)」の信綱

最も象徴的な違いは、彼らが到達した極意の概念に表れています。

 * 塚原卜伝:絶対的な「点」への収束

   卜伝の「一の太刀」は、あらゆる複雑な事象を削ぎ落とし、ただ一つの真理(一太刀)に集約させる思想です。これは**「静寂」や「不動」**の境地に近いものです。相手が動く前に勝敗が決しているような、研ぎ澄まされた緊張感と、神がかり的な一瞬の「断定」に重きを置きます。


 * 上泉信綱:無限に変化する「円」の動き

   対して信綱が新陰流で説いた極意は「転(まろばし)」です。これは、特定の形に固執せず、相手の動きや状況に応じて水のように変化し続ける、自由自在な働きを指します。「転」とは、禅でいう「円相」のように、始まりも終わりもない流動的な状態。相手の力に逆らわず、それを利用して制する「柔」の論理**が含まれています。


 現代への示唆:

 困難に直面したとき、卜伝的アプローチなら「核となる信念を貫き通す」こと。信綱的アプローチなら「状況に合わせて柔軟に自己を変革する」こと。どちらも正解ですが、局面によって使い分ける知恵が必要です。



2. 「木刀」の緊張感 vs 「袋竹刀」の革新性

思想の違いは、彼らが用いた「稽古道具」という具体的な形にも現れました。

 * 卜伝:死と隣り合わせのリアリズム

   卜伝の稽古は、硬い木刀を用いる実戦さながらのものでした。一歩間違えれば大怪我や死につながる緊張感の中でこそ、精神が鍛えられるという、戦場直結の古風な考え方です。


 * 信綱:工夫による「学び」の創出

   信綱は、竹を割って革袋に包んだ「袋竹刀(ふくろしない)」を発明しました。これにより、寸止めではなく、実際に相手を打つ稽古が可能になりました。

   これは革命的でした。彼は「怪我を恐れて萎縮する」ことよりも、「安全を確保した上で、思い切り試し、失敗から学ぶ」ことを重視したのです。これは、武術を「殺し合いの技術」から「人間形成の道(武道)」へと昇華させる決定的な転換点でした。



3. 指導者としての在り方:孤高 vs 普及

 * 卜伝:選ばれし者への伝授

   卜伝は将軍(足利義輝や義昭)や大名(北畠具教)など、主に高貴な人物や、一握りの才能ある者にその奥義を授けました。その教えは神秘性を帯び、どこか「孤高の聖域」を守るものでした。


 * 信綱:万人に開かれた道

   一方、信綱は諸国を流浪しながら、身分を問わず多くの弟子を育てました(その中には後の柳生宗厳もいます)。彼は自身の技を体系化し、誰でも段階を追って学べるようにカリキュラムを整備しました。知識や技術をオープンにし、後世に広く伝える「教育者」としての側面が色濃いのです。



総括と内省

整理しますと、以下のようになります。

 * 塚原卜伝は、「個の完成」を目指しました。自己の内面を極限まで高め、神の領域(鹿島の神)に近づく、求道者の姿です。

 * 上泉信綱は、「理の共有」を目指しました。自然の理(ことわり)と一体になり、それを他者と分かち合う、教育者・哲学者の姿です。

卜伝が「山の頂で動かぬ岩」ならば、信綱は「谷を下り、海へ流れる水」と言えるかもしれません。



ここで、あなたに問いかけたいと思います。

 今のあなたが求めている成長の形はどちらに近いでしょうか?

 * 卜伝のように、孤独を恐れず、自分だけの「絶対的な核」を磨き上げたいと願いますか?

 * それとも信綱のように、他者と関わり、変化を受け入れながら、周囲と共に高まりたいと願いますか?

 

この選択によって、次に参照すべき「先人の知恵」も変わってまいります。例えば、信綱の愛弟子であり、その教えを政治や処世術に応用した柳生宗矩(柳生但馬守)の話などは、現代社会を生き抜く上で非常に実践的な示唆を与えてくれるでしょう。


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